2025年総括
今年は好きな展示を見て、ライブに行き、友達と遊び、同人誌を出し、東京以外では奈良と大阪と横浜に行き、振り返ると常の家に根を生やした私と比べ、そこそこ活動的であった。
生き急いでいる。クレジットカードのアプリで新幹線代が「固定費」として計上される程度には。
私はこの先、自分が自由かつ元気でいられるであろう残り時間を、あまり多く見積もっていない。
顎変形症の入院と手術
14日間の入院と手術をした。術後三ヶ月が経過した今も顔に触るとわずかに痺れがあるし、歯に力が込められず食事にやや苦労している。主治医による経過観察では「順調」らしいが、完治までが長い治療のため、若い頃に治療の決断できていれば治りも早かっただろうと思う。とはいえ今やったことに後悔はないし、考えても詮無い事だが。
手術後、こんなに派手に体を切っても人間の体は自分の意思に関わらず勝手に治ろうとするのだなぁと実感し、様々な感情があった。治ろうとする体と、意味もなく絶望する精神の中で書いた日記を読み返すと陰鬱で笑ってしまうほどだが、その時にしか書けなかったものなので残せてよかった。総合して貴重な経験となった。
化粧しなくなった
入院後、痺れが残る顔に触るのが怖くて化粧をまったくせず過ごした。通勤や通院にも眉毛と日焼け止め程度しかしなかった。そして三カ月経過した今もやっていない。*1
これまでの自分では化粧せずに外に出るのは考えられなかったが、全然平気になったことに驚く。加齢による心境の変化か、手術で顔の形が変わりコンプレックスが解消した自尊心の変化か、憑き物が落ちたのか。なんにせよ、悪いことではないと受け止めている。
その代償か、化粧の流行がまったく分からなくなった。化粧が嫌いになったわけではないし、仕事で人前に出るときはさすがに化粧がしたいので、やや困っている。
季節鬱とどう付き合っていくか
夏と冬の始めに鬱が特にひどくなり、たまらず主治医に相談するイベントが発生した。
私は自分に「メンタルに問題がある」と認めることは自己否認を伴う行為だと認識していた。それゆえ精神に関して病院に行くことに対して心理的な障壁があったが、実際に己のメンタルに強い振れが出た時にそれを自覚して医者に行く、という行動に移せたことは評価したい。
それ以降、これは私の行動方針でしかないが、自分で自分の感情を制御できなくなったら医者に行くようにしている。怒る理由はないのにイライラし続けたり、悲しいことや辛いことを考えるのが何日も止まらないなど、自分なりの指針を持つと判断が楽になる。原因の分からないこと、自分では解決できないことを考え続けてしまうことそのものが強いストレスになる。
血液検査で「この薬を飲んでいるならこの程度残るはずだが」の数値がやや足りておらず、もう少し強くするかを検討している。季節鬱のような突発的な症状の悪化がなければ基本的には凪いでいるので、本当に必要な選択かは悩みどころ*2。
趣味の二次創作同人活動
今年制作作業をしたのは合計6冊分。いずれも作った内容*3に満足はしているが、内容以外の部分、例えば余白の取り方を間違えたまま入稿したりと「あるある」ミスも相応にした。そこは忘れず留めておき、来年の課題とする。
同人誌が出るのは結果の話だが、本質は「自分で考えた話に自分で決着を付け、きちんと終わらせることができた」ことが嬉しかったんだと思う。絵を一枚描くことと、話をひとつ終わらせることは負荷が全く違う*4。
去年に引き続き、毎月最低1枚はSNSに投稿する用の絵を仕上げられたのは良かったが、上達している自覚はない。つまり考えながら描けていないので、頭を使っていきたい。
メモアプリに書きかけのまま貯めている話もいつか陽の目を見るといい。私は書きかけて放置すると年単位で放っておいてしまう。
記録に残しそびれた部分
11月から12月にブログに記録が残せなかったのは、来月1月用の原稿作業と季節鬱で精神をおかしくしていたから。角野隼人さんのKアリーナコンサートに行ったりアール・デコとモード展*5を見たりしていたが、記録に残さず終わってしまった。
自分は角野隼人のファンと言えるほど知らず、ファンの付き添いで一緒に行ったに過ぎないが、その程度の人間の興味を一台のピアノ演奏でグッと引き寄せるパワーは凄まじいものがあった。
本人が演奏している会場でこの曲と出会えて本当に良かった。
2025年買ってよかったもの
あまりない。今年は物の消費よりも活動消費の満足度が高かった。
パウダーヘアトリートメント
髪がボサボサでいいことはないが、髪がきれいだと見た目の印象が一気に良くなる。
だから髪に金をかけるべきなんだな、と入院後、ろくに化粧ができない頃に思った。
トリートメントに混ぜて塗布するタイプ。劇的な効果が見込めるかは不明だが、使ってしばらくはパサパサのブリーチ毛部分のまとまりが多少は良くなるので、使わないより使ったほうがいいだろうと継続している。
粉が細かく扱いにくいのと、恐らく成分由来の強い匂いがするが、後に残る様子はない。
ともだち

かにっちたこっち
これが2025年のベストバイです。 かわいいね
被服消費
HAENGNAEのワンピースとシャツ、alice auaaのNETノースリとMA-1、ENFÖLDのシャツワンピ(これだけ画像がない)。


黒いな。無理に色物を買おうとするのは、もうやめている。
被服についてはデザインに惹かれるのは当然として、最近は「軽くて家で洗える服」に手が伸びる。洗濯非推奨だったり、家庭で洗えないものは気に入っても買わなくなってきた*6。
装飾は元々ついているより別で足すほうが良くて、テーロプランのベルトやHOUGAのハーネスが私の希望に該当する。


コートを新調する気持ちも多少あったが、暖冬で探す気が出なかった。
冬には薄めのニットを手持ちとの入れ替えで数点買い足すが、消耗品と割り切る以外で滅多に服を買わなくなった。私が本当に欲しいと直感する服は案外少ないらしい。
来年について
来年の目標として「香水をちゃんと使う」がある。買って使わないのは勿体ないのと、使用期限を考慮すると緊張感ある月日になってきている。「もったいない」ターンは終わった。これからは消費の時期。
今まで自分にとって文章も絵も作る行為そのものが報酬になっていて、作ることができればそれでよかった。しかし「作って満足」して終了し、確認できていない事実も散見されてきた。つまり、入稿データの最終確認が極めて甘い。
確認作業を避け続けると表現が成長しない。自分が自分のために作るのは変わらないけど、他人の目をまるで意識せずにいられるわけでもない。だから来年は都度、作ったものに対して確認や振り返りをしていく。
「忙しいから」、「疲れているから」、「また機会があるから」と言っていると何もできないことも分かった。例えば「今疲れてるから掃除機かけられない」と思っていても、やれば案外できるしすぐ終わったりする。
とはいえ今年は「行きたい/やりたい」と思った瞬間に申し込んだことが楽しかった、という成功体験からそう思うだけかもしれず、本当にできない、動けない時もある。
一概には言えない。しかし基本的には「やらない」選択よりも「やる」選択を増やしていきたい。
本が読みたい。これも毎年言っているが、年始から4月くらいまでは読むものの、その後止まってしまう。インプットを多めにする。